強風と低温の中、散々寒い思いをして待っていた僕らは、登ってきた道を引き返して鎌沼方面への分岐点までやってきた。すると、今まで吹きすさんでいた風も若干弱まり、こともあろうか山頂方面の霧が晴れてきたのだ。雲の合間から青空さえ見える。

一瞬、再度登って「魔女の瞳」を眺めに行こうかと逡巡するが、結局「山の天気は変わりやすい」という至極一般的な理由で思い留まった。また山頂まで行ってみて、やっぱり見られませんでした、では虚しすぎると思ったからだ。晴れて少し暖かく感じる下山道を、後ろ髪引かれる思いを抱いたまま、僕らは鎌沼湖畔に向かった。

鎌沼は静かな、沼と言うより湖という風情だ。湖畔でお湯を沸かし、カップラーメンを食す。山で食べるご飯は総じて美味い。家で食べるよりも数段上に感じるのは気のせいだけではないだろう。そんなに冷えていないビールですら美味いのだから。

食後、再度一切経山を見上げると、雲の流れは相変わらず速く山頂は見え隠れしているものの、僕らが登った時よりは確実に天気は回復している。アルコールのおかげで気持ちが大きくなっていたのかもしれない。僕は彼女に訊いた。
「もう一回登んない?やっぱり五色沼が見たい」
一人で再登頂も考えたが、二人で眺めたかった。なにせこの旅のメインテーマなのだから。

体力的な観点から最初は難色を示していた彼女がしぶしぶ頷いた。
無理言ってごめんね。ありがとね。

あとは流れ行く雲との競争だった。一日に二回同じ山に登るという、ともすれば気持ちが折れそうになるのを支えたのは、もしかしたら魔女が僕らを呼んでくれていたからかもしれない。再び1948.8mの一切経山の頂に立った時、数時間前あれだけ濃く覆っていた霧はきれいに晴れていた。高鳴る鼓動とともに、僕らは魔女の御前に立った。

万物を引き込むような深い碧さを宿した、おおきな瞳が僕らを見つめた。止まぬ風が身体を打ちつける中、僕らはしばし佇んで言葉を失った。お互いの手をきつく握った。

魔女は悪戯っぽく微笑むと、また気まぐれのように雲の向こうへ消えた。魔女たる所以なのだろう。

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